No.0
REIWA ROMAN by Vincent&mia
PROLOGUE 臼杵の城下町を歩いている。
藍色に暮れる町並みは
百年紀を経た絵画のよう。
遠い時代に思いを馳せる。
ロマンチックなひと時は、
旅を導く磁力を帯びて、
過去と未来のベクトルをつなぐ。
語り:菅 正道(Vincent&mia)
写真:元 圭一(Life Market)
REIWA ROMAN
令和に残るロマンを探して。今に継承される伝統工芸、地域に根差す民藝の取材を続けている。昨日、旅のお供と九州へ渡り、大分は竹田市の工房を訪ねた。グローバルな潮流と対をなす、マイノリティの研ぎ澄まされた感性。竹藝を巡る旅の記述はまた別の場所で。

お墓へ
今回の旅のもうひとつの目的は、私のお墓に向かうこと。そこで巡りあった私的なロマンをお伝えしたい。ことの発端は親族から届いた墓じまいの(墓を移転する)相談から。先祖代々の居場所を 更地とする。直感で不安を覚えた私は一年前、一人お墓のある大分県「願成禅寺(がんしょうぜんじ)」へ向かった。豊後仏国のロケーションを捉えた美しいランドスケープ。建築や空間はもとより、裏山、庭、木々、継承された全ては現住職の手によって今もデザインされ続けている。なかでも心を打つ、本堂で拝見した書の迫力。掛け軸に描かれた“だるま”に目を奪われ、同時に感じた穏やかな安堵。帰路につき日常に戻っても、そこになにかの意味を探さずにいられなかった。
愚渓和尚
五葉愚渓(ごようぐけい・1859~1944)。

だるまの書を描いたその人だ。大正の時代、臨済宗妙心寺派の管長となる愚渓和尚は、豊後国(現・大分県)に生を受け、わずか7歳で願成寺(現・願成禅寺)に入る。仏教徒としての生涯は広く知られるが、私の先祖が眠るその場所に、私の大叔父としてあったこと。それはロマンチックな回想にとどまらず、だるまを通して紐を解いた確かな事実であった。


町の夜

それから一年。二度目に降りた臼杵の町並み。一度開いた地図は元どおりに畳めない。旅が好きなら誰しも、再訪した土地に覚える親しみに似た感覚を知る。記憶と重なる景色もそうだし、なにより今回は迎え入れてくれる人がいる。臼杵で飲食店を営む安野さんとは昨年の旅で出会った、というよりたまたま知り合った。夕食をともに。竹藝に興味を持ち取材してきた経緯を伝えると、思わぬ返事が返ってきた。近くのお寺に人間国宝が手がけた竹天井の茶室があるという。「そのお寺の息子が友達だから一緒に行ってみない?」もちろん。行きすがらに出会う情報、その精 度の高さを信じている。二言返事でありがたく、翌日のアテンドをお願いした。



 


茶室にて

臼杵の城下町に佇む「見星禅寺(けんしょうぜ んじ)」。裏庭の茶室に招かれ、瑞々しい新緑を前に天井を煽り見る。網代張りの構造が引き立つ、趣のある竹の表情。 別府に生まれ、大正、昭和を生きた故人間国宝、生野祥雲斎による工芸のあり方。その時と人となりに想像を巡らせる。突然の来訪への感謝とともに、竹藝に惹かれる経緯とインスピレーション。明日は自分のお墓がある、願成禅寺に向かうこと。穏やかに頷く住職は驚きの告げを知らせた。「実は私の息子は、願成禅寺の娘さんと婚姻関係に。願成禅寺の跡取りになります」。



あ然


そんな偶然があるのだろうか。たまたま出会った地元の方と、たった今、敷居を跨いだお寺の茶室で。幾多の縁からここで今、血縁に繋がろうとしている。これから尋ねる私のルーツがある場所に。現代、6者を介せば全員と繋がるという説もある。感性や感覚が似ればなおさら。そんな横軸の偶然を感じたことはなくはない。けれど、伝統、継承、血縁。時代を超えた縦の軸が交わればただ、あ然とする。愚渓和尚に呼ばれている。偶然にあ然。それが私にとって必然であると知ることに、さして時間はかからなかった。「ちょうどこれから、願成禅寺から息子を迎えにきます。あなたもご一緒にどうぞ」。


愚か者だ


一年ぶりに訪れた願成禅寺。あるべき場所に変わらずに、毅然ととどまる愚渓のだるま。ことの成り行きに笑みを重ね、現住職への拝聴、談話の時は4時間にも及んだ。愚渓和尚の生涯。大叔父とともにあった時代の背景。風土と文化。先祖を敬うこと。そして、お墓を守るということ。「あなたの親族は愚か者だ」その歴史を断とうとした私の家族に、住職は愚直に答える。この寺の伝統を、私自身も誇らしく感じている。それは生まれついてのステータスではない。今を生きる、思慮を導き、感受性を開くエッセンスであると。「今ここに私とあなたがあること。その関連性を誇らしく思うんです」。


生かすも殺すも


「センスは教養の積み重ねです」。ファッションとともにある私の身の上からか、住職はさらに続ける。センスは誰でも持っている。感覚、感受性。それを生かすも殺すも教養次第。では、教養とは。情報は誰でも手に入れられる。経験や検証を経てインプットすることで、それは自らの知識になる。知識を得てこそわかる価値があり、情報への視点は深度を増す。さらに掘り下げる。それぞれの知識とともに歴史のなか、文化、風土に根付く関連性をつくっていくことが教養。伝統という縦軸があればより、関連性の裾野は広がる。導かれた歴史を敬い、その価値と向き合い、私は墓を守ることを決めた。令和の今にロマンを探す。これから続く旅のテーマに。教養の指針に。ひとつの軸を定めた。



教養の裾野へ
今回の旅は、私一人ではなくカメラマンが同行した。先の竹藝取材にも旅のお供がいた。三人称の視点を持つことで、自分の思想、心の動きを客観的に捉えることができた。お墓。私の終点からお伝えした私的な序章。ここに交わった感性、その関わり合いもきっと、 不思議な連鎖への礎であった。

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