No.2
REIWA ROMAN by Vincent&mia

身をもって交わる。
それは対象と私の関係に、
親密に入り込むこと。
観点では捉えきれない。
それは母子が寄り添うように、
信じて長い時間をかけて。
語り:菅 正道(Vincent&mia)
写真:元 圭一(Life Market)

REIWA ROMAN
民藝運動を牽引した陶芸家・河井寛次郎を師に、河井家三代に渡って継承される京焼民釜。京都東山の住宅地、半径1キロに満たない日常にある人々の文化に触れる。

親身に関わる歴史の軌跡


京都、東山。三十三間堂のほど近く、風光明美な古都の碁盤を少し逸れれば、路地を行く視界の方々に、人の暮らしの気配を感じる。陶芸家、河井亮輝さんの住まいは、祖父、父の代から受け継いだ南丹釜の側。どこか懐かしい風情を帯びた住宅地の一角にある。招かれたリビングには父、河井透、祖父、河井武一、その師、河井寛次郎の作品が並び、親身に関わる歴史の軌跡が描かれていた。


大正から昭和初期、河井寛次郎と民藝運動を共にした黒田辰秋の漆器から茶器が取り出される。着物姿のお母さんが、朗らかな笑みで抹茶を点てる。微塵のお仕着せもなく、暮らしに則した美しい所作。ご挨拶の場で既に、私たちはその本質を目にしたようだ。伝統を今に表す洗練されたプレゼンテーション。それが京都流の“おもてなし”なのかはともかく、この日の記憶はとても色濃い。



五感に捉えきれない


河井さんの工房は開かれている。見学、陶芸体験などを通して、使い手と向き合う時間を大切にしている(現在は受付停止中)。ロクロを挽く、釜を焚く、造形や色彩のインスピレーションに於いても全て、その心境は“無”だという。悟りや達観とは少し違う気がする。幼少から職人達とともにある境遇もそうだし、想像や創造のベールを感じさせない素直な姿勢が、たおやかな笑みに現れている。


工房から徒歩5分、河井寛次郎記念館は、住まい兼仕事場として河井寛次郎自らが設計したものだ。昭和初期の活動拠点、暮らしと創作が共にあるかたちがそのまま、現在の町並みに溶け込んでいる。作品の持つ趣はもちろん、間取りのディテール、レイアウト、蒐集された調度品にも感じられる独特の調和が、家主の個性を想像させる。五感に捉えきれない。それはライフスタイルそのものだ。


河井 亮輝


1975年、京都市生まれ。河井寛次郎の甥、河井武一を初代とする河井工房の三代目。祖父、父から受け継ぐ教えのもと、民藝が持つ温もりと実用性を両立した独自の「京焼民窯」。茶陶から食器、花器までを幅広く手掛け、現代の民藝作家として精力的に作陶を続けている。


LINK→ 河井工房



半径1キロの日常


昼時を過ぎて私たちは、河井さんの馴染みの店に案内された。まるで『じゃりんこチエ』の世界観。ノスタルジックな路地の暖簾は演歌と酒でスタンバイ。三世代の社交場「お好み焼き吉野」には普段着の言葉が飛び交っている。ほろ酔いの足取りは軽く、その名に体を表さない「櫻バー」で夜が始まる。決して贅沢ではないが、素材が際立つ家庭料理。日々の創造に彩られた地域の旬に肩身を寄せた。


暮らしと仕事、信頼のコミニュニティ、その質感とインスピレーション。これら半径1キロにも満たない距離感で、河井さんの日常は完結しているという。無数の情報、有象無象に揺るがず、やるべきことに無心である。「今日ご一緒した全てが、僕にとっての民藝なのかも知れません」。民藝作家の日常に連れ添い、その懐で腑に落ちた。その価値は人と人、人の物事の間に今日も歴史を重ねている。


ご近所さんの食卓


毯子の毛並みに正座して、広くて低いテーブルを囲む。今夜を楽しむ献立が、黒板にチョークで躍る。河井さんと“中島家”の交流は、中島夫妻が隣近所に引っ越してきた20年前。「こんにちは」と「こんにちは」。通りすがりのたわいのない挨拶から始まった。教育、芸術、それぞれの分野で実績を重ねた夫妻は、東山、茶屋町の旧家屋に腰を落ち着け、悠々自適と美意識でその再生を手がけてきた。



互いの表現に惹かれながら、ご近所付き合いは深まり、今では週3、週4と、河井さんは中島家で食卓を共にしている。夫妻が広い台所で腕を振るう。手間隙かけて今を彩る。現代に薄れていく風景も、彼らにとっては日常のかたち。注ぎ注がれ、いくつの栓が抜かれただろう。かけがえない喜びに、旅の仲間を招いて囲む。このシーン、この質感、交わる声も笑いの渦も、彼らにとっての民藝だろう。



身交う(かむかう)街角


情報と現代社会。ディスプレイ越しに対象を遠ざけて、是が非を言うのは簡単なことだ。けれどそれは人間らしい、知性や思考の働きなのだろうか。ある本によれば、“考える”の語源は、“身交う(かむかう)”だという。身をもって交わる。それは対象と私の関係に、親密に入り込むこと。観点では捉えきれない。認知を持っても伝えきれない。それは母子が寄り添うように、信じて長い時間をかけて。


2022年5月、河井さんをはじめ京都の一行を招き、Vincent&miaの店頭でイベントを行った。河井家三代の作品に加え、彼らの“身交う”かたちを街角に表現。今後も衣食住、民藝にインスパイアされた企画をご提案するつもりだ。次回お伝えするのは隣県、岡山で繋がり出会った人々の輪。備前焼の郷を尋ね、あるべき姿に生き様をかける作家の姿勢、選ばれた一つの価値に目を凝らす。


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