明日に続く、脈を感じた。
憩いの仕草に、許された夜。
終わらないことは、
終われないことだ。
写真: 元 圭一(Life Market)
その時を待っていた
その時を待っていた。北陸の入り口、金沢駅。能登半島、輪島に思いを馳せながら、この地で何度か足をとめた。
京都の陶芸家から、彼の存在を知らされたのは3年前。出張の道すがら、時折の休日に。余白を見ては足を運んだ。
会えたら、会いましょう。DMの一節を、こじ開けることはなかった。私は彼に、答えを重ねたいわけではなかった。
右か左か、今日か明日か。躊躇なく、開くべき道もあるが、この頃、私にとって大切なのは、判断よりも考えること。
構造の美は褪せずに
金沢市、鈴木大拙館。仏教哲学者が伝える、大乗仏教、禅の体系が、知る、学ぶ、考える、3つのフェーズで問いかける。
19世紀の終わり、禅は暮らしの文化として。20世紀の始まり、ZENは遥かな海を渡った。思索を導く、構造の美は褪せずに。
揺らぐ木々、映した水面。ほのかな残像、かすかな反射。知覚の反応、立ち上がる意識を、鎮めて、整えて、また考える。
迎えはいつだかわからない。時刻表のないプラットホーム。やがて行き先を、理由さえも手放せた頃。静かに夜の帳が開いた。

守りの動線にある
その文化、アイデンティティは守りに徹した。江戸期の都市構造が、令和の今にも側にある。城の礎、石工の動線にある石引商店街。
昭和10年の創業から、変わらない立地、変わらない香り。冷えた体で駆け込んだ。暖かく頬にふれる湯気が、高揚の気分を迎える。
若葉のおでんは日本一だ。ほろりと崩れるつみれを頬張り、きりりと酒で流し込む。腹の底からじんわりと、懐かしく、満たされる。
厳しい気候、寒色の景色に生きる。身体を寄せて、日々の労を分かち合う。のれんの奥の暖色が、人々の文化を守っている。


暖かな余韻を抱えて
暖かな余韻を抱えて、石畳の夜道を歩く。角を一つ曲がるたび、古都の骨格が、今も呼吸を続けていることに気づく。
正統派である端々に、背伸びなく垣間見える人情。肩の力を抜いて、ブレンテッドの到達点に触れられる、広坂ハイボール。
彼らはその品格を、抽象性にあてはめない。ただこの一夜の解像度、向き合う波長を整えて、記憶の層に沈めていく。
求めれば気づけない、感謝の気持ちが胸にある。旅の夜、寝床で感じる心の余白は、この土地の継承に授かったものだ。
やっと迎えられた
前回、No.4に書いた経緯で、私は輪島市に迎えられた。そこに着いたなら、ぜひ足を運びたいと、長年願った場所がある。
震災から2年の月日を経た今も、市街地は閑散としていた。21時を過ぎればなおさら、街の営みはほぼ見受けられない。
そんな状況下、震災の直後から途切れず、燈を灯し続ける存在がある。食とワインに頬がほころぶ、やわらかな団欒がある。
凍える季節、暗い夜、人々はAIUTO!に集った。厳しい日々の束の間に、穏やかに心がほぐれる、憩いの時を味わった。
気遣いの仕草に
決意を語らなくてもいい。未来を掲げなくてもいい。小さな頷き、笑い声、気遣いの仕草。この夜は、ただ許されている。
沈黙の多い日々に、温度を巡らせる。放り出されそうな心を、グラスの重みで受け止めて、明日へと続く脈を感じる。
毎夜、ゲストは途切れない。鮮やかに、瑞々しい、能登半島の旬の気配を五感に受ければ、ただ静かに満たされていく。
そしてなにより、慈愛に満ちたその在り方。AIUTO!の燈は、生きた街の機能、輪島の心臓のような役割を担っている。
宿らせた使命
一方、それは背骨のように、伝統を守る柱がある。「奥能登の白菊」。輪島の食文化を象徴する醸造蔵は、強靭な基礎に建つ。
2007年、能登半島地震の甚大な被害受けて。白藤酒造店は、酒造りの核となる醸造蔵の新築、耐震設計に持てる全てを注ぐ。
2024年1月1日。店舗と住居の形を失った。彼らの家業の風景には、その地に深く突き立てた、酒造蔵の構造が残った。
立ち上がりまた、秋の豪雨を耐え忍ぶ。それは柱に宿らせた使命。2026年の現在、輪島で機能する酒蔵は、ここが唯一だ。

土地に結ばれた運命
人々に愛され、求められる、それは確かな理由だ。そして、ここでしか生まれない、土地に結ばれた条件は、運命でもある。
仕込み水を口に含むと、澄み渡り、溶けるように口に馴染む。蔵の裏手、寺の裏山から引かれた湧水は、清らかな気配を放つ。
水が米をほどき、香りを起こす。風土が所作の順序を起こす。酒造りの背骨は深く地中に、離れられない根を張っている。
生まれる数は限られている。地元にも行き渡らず、幻のように消える。けれど確かに仕込みは続き、静かに醸され、息をしている。
白藤酒造店
白藤喜一・白藤暁子
能登の豊かな自然、食文化を背景に、9代目の蔵元に就任。「奥能登の白菊」の礎を築く。2007年の能登半島地震、2024年元日の震災、甚大な被害から再建と復興を志し、酒造りを再開。日々前進を続けている。

寄り添う本音は
広島市、東白島で一回りの暦を重ねた。その価値を知る面々は、限られた席を分かち合うように、村井さんの側に寄り添った。
2013年、北陸の旬を求めて、輪島市に移転。広島から能登に運ばれたのは、積み上げた評価ではなく、一つの場の在り方だ。
もちろん、一人の事情もある。人生の変化、環境の変化。そこで広島に戻ってもおかしくないと、思い詰めた季節もあった。
けれど、輪島の人々は許さなかった。こんないい店、他にはない。此処に居てほしい。雑な直球で、街の本音が立ち上がる。
手つきでつながる
AIUTO!が大好きだ。この街の居場所、この夜の温度を守りたい。誰かが言い出し、誰かが動き、誰かが笑って背中を押した。
ここを去ろうとする、一人の事情に差し伸べる所作。手つきでつながる縁のなかで、村井さんは朗らかに微笑んでいる。
今日もAIUTO!の燈が灯る。終わらないことは、終われないことだ。風呂敷に包めない。その在り方は関係性のなかにある。
私はこの旅を、このページに記すことで終わらせたくない。継がれた記憶、幾重にわたる物語を、私たちの日常に重ねたい。
イタリア料理 AIUTO!
村井 宏治
00年代、広島市東白島で開業。縁で紡いだ数々のエピソードを背に2013年、石川県輪島市に移転する。野菜、鮮魚、能登半島の旬の魅力を伝えるべく日々奮闘中。酒と器、空間の織りなす楽しみをSPERIAMO!願う。
手渡しの速度で
私が輪島で受け取ったのは、物質でも体験でもなく、縁で立ち上がる関係性。点と線の、たゆみが織りなす層だった。
本来、運べないものを運ぼうとしている。面にならすほど、こぼれてしまうその意味を、手渡しの速度で届けたい。
REIWA ROMAN。春めく季節に、街角に咲く輪島の文化。その器、その料理、その酒を、出会いの手つきを街角に。
お仕着せの提案ではなく、継承された記憶のままに。儀礼のフォーマルをはみ出して、この物語に参加してほしい。